ニュースなどでよく見聞きするものの、その意味については曖昧にしか理解していないもの。それが、多くの人々にとっての「シミュレーション」のイメージではないで しょうか。このポスターはそんなシミュレーションについて、様々な角度から、その全体像を浮き彫りにしようと試みるものです。
発展著しいコンピュータ・シミュレーションの最前線。シミュレーションという概念の広がりや奥行き。そして、その根源にある人間の要求まで。シミュレーショ ンについての探求は、ヒトという種の独自性を浮き彫りにし、「私」を再考させ、人間の知の営みの、過去と未来を見晴らすことへと繋がっていきます。
シミュレーションという言葉は、
どう使われているか?
頭の中で「明日の段取りをシミュレーションする」時、私たちは物理モデルや数式を作ったり、何かの装置で実験をしたりするわけではありませ ん。では、科学の世界と日常の世界では、違う意味で使われているのでしょうか? この言葉の語源は、ラテン語のsimulo(真似する、振りをする)に
遡ります。ここで、さらに踏み込んで「つもり(積もり、心算)になる」「見立てる」などを補ってみましょう。すると、この言葉の使われ方の輪郭が見えてきます。シミュレー ションという一語には、どうやら様々な意味が連なっているようです。
このポスターは、
あなたが
「本物」
と思うものの上にお貼りください。
自己を模倣させる
近年、AI(人工知能)の利活用が注目を集めています。こうした研究も「ヒトや生命の活動を、人 工的に再現・模倣させる」という意味で、シミュレーションと無縁ではありません。人間は、その知的 好奇心の中に「自らの手で自らの似姿をつくり出したい」という欲望を潜ませているようです。その欲望 は各時代の技術的制約の下で、様々なヒトの似姿を生み出してきました。そしていま、人間がつくる存在が 人間以上の能力を持つ可能性が、現実味を帯びてきています。
生命 ̶ ライフゲーム
※から人工生命まで
私たちは生きています。しかし、生きているとはどういうことなのでしょうか? その答えに迫る方法の1つは、生命現 象を模倣してみることでしょう。単純なルールの組み合わせだけから、まるで生き物のような動きを見せたりするセル・ オートマトン※は、その一例です。生物がかたちづくられる過程で自ずと現れてくるフラクタル構造は、異なるスケールで同様の構
造が反復されていく特徴を持っており、現在ではコンピュータでシミュレーションすることができます。コンピュータ内につくり出した環 境下で、生命の進化を模倣させるアプローチもあります。これらのシミュレーションは、私たちが生命の本質に迫る手助けをしてくれます。
身体 ̶ 人間を代替するロボット
自らの姿形を模したものに、私たちは不思議な魅力を感じます。古代から現代にいたるまで、洋の東西を問わず人形を愛でる文化がある ことはよく知られています。中には、外見を真似するのみならず、お茶を運んだり、矢を射ったりするからくり人形のように、様々な機能を備えた ものも少なくありません。その最前線に連なるのが、「ASIMO(アシモ)」や「Pepper(ペッパー)」などのロボット。現在、ロボットへのAI(人工知 能)の搭載が注目を集め、身体能力のみならず、知能までもが人間を上回る可能性が議論されています。小説『フランケンシュタイン』などに描か れたような文学上の想像物が、科学や工学の裏付けを経て、日に日に現実化してきています。
脳 ̶ 人工知能に心は芽生えるか
そこで、1つの疑問が頭をもたげてきます。機械からも、心は発生するのでしょうか? それはもはや荒唐無稽な想像とはいえません。ディープラーニン グという手法や、それを支えるビッグデータなどが、人工知能の能力を飛躍的に向上させているからです。では、私たちはそもそも、心とは何かを知って いるのでしょうか。近年盛んな「心の発生」の研究は、サルからヒトへの進化、ヒトの成長過程、脳科学などの観点から、その問題に取り組んでいます。 ヒトの似姿の産物に心が宿る時がきたなら、「心」をめぐる私たちの考察は、まったく新しい段階を迎えるかもしれません。
体験を拡張する
テクノロジーの発展によって、私たちは人工的に生成した環境を体験できるようになりつつあります。行ったことのない場所や、ありえない世界を 体験したり、目の前の環境に、実際にはない情報や出来事を付け加えたりできます。本物の「世界と自己」の代わりに、異なる世界や、 新たな自己が現れる。こうした体験の拡張は、実は目新しいものではありません。古くは演劇、そして文学や映画などによって、
私たちは自らを「いま、ここ」とは異なる世界に没入させてきました。その最先端に位置するテクノロジーは、私たちをど のように変えていくのでしょうか。
シミュレータ ̶ 環境を擬似的につく
り出す
私たちの周りには、様々なシミュレータがあります。例えば、飛行機の操縦を学ぶためにつ くられたフライト・シミュレータ。コクピットを模した装置内に乗り込み、コンピュータ
が生成する風景を見ながら操縦訓練を行うもので、本物の飛行機を飛ばすことなく、本番に近い 飛行体験が得られます。実際に飛行機
の操縦を誤れば現実の危険が待って いますが、シミュレータなら「現実ではな い失敗」から学ぶことができるわけです。
点線に沿って切り取って 、穴を
あけ
て
く
だ
さ
い
。
シミュレーションの対となる概念の一つが「本物」です。「シミュレーションとは何か」という問いに答えるのは困難ですが、それは「本物とは何か」という問いに答えるのが難しいこととよく 似ています。本物の世界。本物の私。本物の心。これらは、問い続け、追い続ける事しかできない、見えないゴールなのかもしれません。「ない」ことで存在を主張する穴のように。
事象を
推測する
シミュレーションの大きな目的の1つは、出来事を推測すること です。起こるであろうこと、起きたであろうこと、いま起きていること。この 世界の出来事の多くが複雑な構造を持ち、不確定な要素に満ちていま す。そこで人間は、出来事の本質を抽出して「モデル化」し、その過 去や未来を推測できるようにしました。ヒューマンスケールを超えた ミクロやマクロの現象や、遥か過去や未来の現象、あるいは実験す るには危険を伴ったりコストが掛かりすぎる現象を理解したい時に、 これは有力な手段となります。私たちが世界を知る手段としての、シミュ レーションの最前線を覗いてみましょう。
コンピュータ・シミュレーション ̶ 事象を推測する手段
その基本的な手順は、取り扱いたい事象をモデル化するところから始まります。具体的には、物理現象の何を理解 したいのか、その目的に合わせて現象を単純化し、計算によって操作可能な形 ̶つまり方程式̶ に落とし込むのです。※
ひとたび方程式にしてしまえば、時間を進めたり戻したりと操りながら、モデルがどのような振る舞いをするのかを観察することができま す。この際、人間に代わって計算を行ってくれるのがコンピュータです。例えば天気予報や地震・津波などの生活に関わる現象から、 銀河同士の衝突などの想像を絶する現象まで。人間の計算能力を遙かに超えるコンピュータの登場が、こうした様々な出来事を推 測することを可能にしたのです。
大規模数値シミュレーション ̶ スーパーコンピュータ
「京」
から、
ポスト
「京」
へ
もし「最近の天気予報は正確だな」と感じることがあるとすれば、それはモデルの精密化によるものです。しかし、モデルを精密にすればするほど、計算量は桁違いに増え ていきます。明日の天気予報に100日も掛かってしまっては、元も子もありません。ここに、スーパーコンピュータの意義 があります。家庭用の1,000倍以上もの計算能力を持つ大型計算機たちは、精密化されたモデルを圧倒的なパワー によって計算し、その結果で新たな視野を拓くという好循環をもたらしてきました。しかし現在「5年で計算能力が10倍 になる」といった爆発的な性能向上も鈍化し始め、消費電力の制約も厳しくなってきました。開発に巨額の資金と大 量の電力を要する世界最先端のスーパーコンピュータは、もはや
国家的事業の領分であり、そうした状況の中で、スーパーコン ピュータ「京」や、その次世代システムは開発されています。
シミュレーション×シミュレーション
̶ あなたと世界が影響し合う
事象を推測するシミュレーションは、いまや私たちの習慣にも入り込んでい ます。スマートフォンなどの情報端末を持ち歩き、そこから得られる情報を 参考にすることで、私たちは刻一刻とその行動を変化させています。「交通 渋滞の情報を調べ、それを避けるルートを選択する」などは、その身近な 例でしょう。しかし人々がそのように行動することで、新たな交通渋滞が発 生することもありえます。その予兆をいち早く捉え、回避のためのシミュレー ションを行い、その結果を再び情報として人々に提示し、それを見た人が 次の行動を変え…というように、人々の行動と情報ネットワーク、そしてシ ミュレーションとが、分かち難く一体化して進んでいく。そのようなシ
ミュレーションのかたちも現れてきています。
シミュレーションとは、
どのような意味だろうか?
辞書の中では、シミュレーションは次のように解説されています。「物理的あるいは抽象的なシステムをモデルで表現し、そのモデルを使って実 験を行うこと。模擬実験(大辞林 第3版より抜粋)」。模擬や模倣というのは科学や工学の分野における定義ですが、私たちは普段から「明日の段 取りをシミュレーションする」など、より幅広くこの言葉を使っています。シミュレーション・ゲームは広く楽しまれており、サッカー選手はゴール前でシミュレーションをしま す。この概念は、どんな意味を持ち、どこまで広がっているのでしょうか?
コンピュータ・ゲーム ̶ 本物のないシミュレーション
シミュレーションと呼ばれるためには、模倣する対象である「本物」が必要不可欠なのでしょうか? 例えば、コンピュータ・ゲーム や、その元となったアナログ・ゲームの多くには「本番」が存在しません。私たちが囲碁や将棋、チェスを楽しむ時、「本物」
の戦争を模倣しているわけではないでしょう。本番や本物がないケースが存在するなら、模擬や模倣といった辞書的な 定義では事足りなくなってきます。シミュレーションという概念の、その先に広がる意味を追ってみましょう。
VRとAR ̶ 現実を代替する/拡張する
バーチャル・リアリティ(Virtual Reality, VR)は、ユーザの五感の一 部、あるいは全てに訴えかけてつくり出される、実際にはその場に存在しな い現実感です。「仮想現実」とも訳されますが、virtualは本来「厳密には
異なるがほぼ同様の」という意味であり、時間や空間を超えた、あるい は現実にはありえない世界を「現実と錯覚させる働き」に重きが置
かれています。これと似て非なるのがオーグメンテッド・リアリ ティ(Augmented Reality, AR)。こちらは現実世界の上
に、デバイスなどを介して実際には存在しない情報を重 ね合わせ、世界を拡張する仕組みです。
「私である」
ことの可能性
私たちはこの世界を、過去・現在・未来を持ち、時空間を超えて意識を拡張で きる場として認識しています。例えば、明日や1年後、10年後の自分を、期待や不安とともに幾通 りも思い浮かべることができます。後悔の念に苛まれながら、起こらなかった(起こって欲しかった)過去を想 像することもあります。こうした複雑な思考を、知人や他者のつもりになって行うこともできます。これらは、決して当たり前の ことではありません。現在確認されている限り、このような世界は人間のみに開かれています。これこそがシミュレーションに必要な
条件です。「私」が、他の「私」と関わりながら、仮説を立て、模擬し、行動で確かめては進んでいく。 その軌跡の連なりを、私たちは「人生」と呼んでいます。
理想を描く・世界を欲望する
かくして、社会や政治・経済、科学といった人間の営みは進んできま した。例として、社会運動の変遷を考えてみましょう。様々な差別の
減少。女性の地位向上。社会的少数者や弱者への想像力の拡大。
人々の心に描かれた「理想の世界」は、社会変革の力の源ともなっています。しかし一方で、異なる人々が描く、 異なる「理想の世界」は、深刻な対立を顕在化させ、暴力や流血の原因ともなり続けています。
私たちが存在するこの世界をできるだけ正確・精密に見つめ、それに近づくためにシミュレーションが用いられる場合も あります。自然科学の営みは、この世界を知りたい、表象したいという欲望によって前進します。たとえその成果が「本物の
世界」には触れ得ず、「自然科学」という名のシミュレーションにとどまり続ける可能性があるのだとしても。※ それは
世界に対する私やあなたの見方を変化させ、私たち人類を、次なるシミュレーションへと駆り立てるのです。
シミュレーションの道具たち
私たち人類は現在、言語を用いて意思の疎通を図っていますが、その起源は深い 歴史の靄に包まれています。しかし、私たちが類人猿と分かち持つ『心の理論』な どを参照するならば、言語の発生においてシミュレーションが重要な役割を果たし たのではないかと想像することは、あながち大胆な考えではないかもしれません。相 手の心を推察したり、自らの気持ちを相手に投射したりといった行為は「じかに意 思疎通したい」という欲望を喚起したと想像されるからです。遥かな過去から、今 日現在まで。ここでは、シミュレーションを可能にする道具立てを通覧してみましょう。
身体的表現 ̶ 声、
身振り、
絵
意思疎通の手段として、私たちは何を持っているでしょ うか。文明の利器を一切省くなら、それは身体を使っ てできること、すなわち話し言葉や身振りなどに限られ てきます。言語以前の世界 では、私たちは身振り
で、あるいは動物同様、声や表情で意図を伝えて いたことでしょう。これらの情報は、喜んでいるのか 怒っているのかといった感情を言語なしでも十分に 伝えられます。こうし た感情
のやり取り、共有、そして模倣などが、言語の誕生を用意したのかもし れません。また、人間の身体的表現としては、絵画も挙げられます。描かれた 目的は未だ確定できませんが、先史時代の人類が描いた動物たちは、その 模倣の精巧さによって、現代の私たちをも驚嘆させます。
言語 ̶ 叙述、
抽象化と論理
私たちは、特定の言語圏に生まれつき、言語を習得 し、その言語を通じて世界を見ています。その言語を 用いて現実を仔細に描写したり、抽象化したり、論 理的に思考したりすることができます。さらにはそれ らを、話し言葉や文字によって他者に伝え、広く共有 することができます。すなわち言語は、私たちが行って
いるシミュレーションの、基礎ともいうべき部分を担っていると考えられるので す。また言語は、単語が何らかの対象を指示し、文章が何らかの意味やイメー ジを表現することから、現実世界(あるいは架空の世界)を模倣し、擬似的に 現前させる、シミュレーションの機能を有しています。
科学 ̶ 理論、
実験、
数値的表現など
言語は、時代や文化によって互いに異なります。しかし 私たちは、そのような言語を操りながら「数学」という新 しい共通言語を見出しました。この言語は論理的・抽 象的操作に特化したもので、時代や文化を超えた普 遍性を備えています。そして「科学」は、現実世界の諸 現象をこの数学によって記述し、人々に共有可能
なものとして表現することで、内容を豊かなものにしてきました。科学 は、以前は不可能だった領域にまでシミュレーションを押し 広げました。その成果は一歩一歩、この世界の 仕組みを明かし、実利的な要求を叶え、
私たちの「知りたい」という願い に答え続けています。 生命のように振る舞う
「ライフゲーム」
シュメール人による楔形文字 (紀元前26世紀ごろ) NASAが開発した
人型ロボット「ヴァルキリー」
3次元VRゴーグルは、視覚
的なVR環境を実現する ボーイング747-400の
フライト・シミュレータ
旧石器時代にアルタミラ洞窟に 描かれたバイソン
シミュレーション仮説
私たちの全宇宙が、何らかの高度なテクノロ ジーによる意図的なシミュレーションだとす る、まるでSF映画のような仮説があります。 この仮説は「シミュレーションの外側」を 知ることが原理的に不可能なため、科 学的には肯定も否定もできません。
模倣物それ自体の魅力
縮尺模型について考えてみましょう。工 業製品の試作検討用、教育用、本物代 わりの所有物…そこには様々な用途が存 在します。飛行機を手に持って形を愛で、 飛ぶ姿を思い浮かべることは(実機ではおそ らく不可能な)模型のみに可能な行為です。 また、現実には存在しないものを作り、オリジ ナルを想像させることも、模型ならば容易でしょ う。模倣は時に、模倣物それ自体によって、本物 にはない価値を新たに生じさせます。
自然科学とシミュレーション
自然科学は、電子やクォークなどの、直接的 な観測が不可能なスケールにまで踏み込んで
います。「科学的実在論」という考え方では、そ の秩序を自然科学は正しく描写し得るとの立場を
取ります。一方「反実在論」は、観測不可能な対象 の世界について、その秩序を自然科学が正しく描ける
と考える理由がないと主張します。ただしどちらの立場 も、直接観測できない電子やクォーク等を推測(シ
ミュレーション)しています。そこには、見え ず、触れ得ない、シミュレーションのみ
が探求できる世界 が広がって
います。
マヤ数字の記数法
1 2 3 4
5 6 7 8 9
10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 0
コンピュータによらない手法
事象予測には、コンピュータによるものだけで なく、物理的な装置やモデルを用いる手法も あります。風洞実験では、航空機や自動車な どの模型に風を当てて空気と物体との関連 を調べ、最適な形状の検討などに役立てま す。耐震実験では、模型や実物を実験装置 で揺らすことで、その挙動を調べます。
NASAによる ロケットの風洞実験 シミュレーションによって推測された、
太陽の内部構造
「京」を利用した世界初の超高解像度全球大気シミュレーション
チンパンジーも「相手の立
場に立つ」ことができる?
※ ライフゲームは、セル・オートマトンの中でも最も有名なシミュレーション・ゲームです。
最初期のコンピュータ・ゲームの
一つ「Tennis for Two」(1958
年)地球の重力と異なる惑星で のプレイもシミュレートできた
ライフログから得られる情報を元に将来の自分
の状況を予測・提示し、行動を促すスマホアプリ
シミュレーション図 初版発行:2017年2月28日 著作:国立研究開発法人 理化学研究所 企画:一般社団法人 学術コミュニケーション支援機構 制作:シミュレーション図制作委員会(小阪淳、片桐暁、高梨直紘、吉戸智明)
アートディレクション:小阪淳 コピーディレクション:片桐暁 協力:廣瀬通孝、 似鳥啓吾、 吉田幸司 画像提供:東京大学 廣瀬・谷川・鳴海研究室、 千葉大学 堀田英之、 理研AICS 吉田龍二、 天文学普及プロジェクト「天プラ」、 NASA
ホンモノ図の完成!
四つ折りの状態で、点線に沿って切り取り、開くと…
点
線
に
沿
っ て
切 り
取って、穴をあけてください。
点
線
に
沿っ
て
切
り 取っ て、穴 を あ け てく だ さ い。 点線
に沿 っ て 切 り 取 っ て、 穴を あ け
て
く
だ
さ
い
。
一部も『心の理論』を持つことを明らかに しました。動物の様々な行為の中にも、シミュ レーションに類するものが、まだ存在するかもし れません。
また、シミュレーションによって説明できる感情の働 きもあります。他者の地位や名声、才能などへの「羨 望」は、自分との比較やシミュレーションから生まれ得ま
す。その感情は、内省や自身の成長を促しますが、負に転じれば、妬みや憎しみへと変 わるでしょう。絶えざるシミュレーションが、刻々と心身のありようを変えていくのです。
没入や愛着が、
モノを分身に変える
映画や小説の世界に入り込み、自分が登場人物である かのような喜怒哀楽を覚えたことはないでしょうか? 他人 にはどうということのない1つのぬいぐるみや1枚の写真に強 い愛着を感じ、そこに生命を「見立て」たり、写されている人自 身だと「見なす」といった体験はないでしょうか? 私たちは架空
の存在や単なるモノにも、自分を同一化させたり、心の中 で生命を宿らせることがあります。それが傷つけられ
れば、自分の心の痛みのようにも感じます。自己 でないものへと自己を投影するシミュレー ションの働きを、そこに見て取ることがで きるでしょう。
あなたもシミュレーションをしている
シミュレーションは、私たちが特に意識せず日々行っていることでもあります。例えば、学ぶという行為。「学ぶ」には「まねぶ、まねる」の 意味があり、「習う」は「倣う」であることからも、学習≒模倣≒シミュレーションという構図が見て取れるでしょう。ヒトは乳児の段 階から模倣を始め、様々なスキルや感情、社会性を身に付けていきます。その際に夢中になるのが「遊び」ですが、ごっこ遊び(大 人のロールプレイ)やボール遊びなどには、遥かな過去、狩猟採集時代における生存戦略の名残りが感じられます。誰もが憶え のあるような例を通じて、私たちの生活と、シミュレーションとの関係を見ていきましょう。
日常の中のシミュレーション
例えば「明日は雨が降りそうだ」「傘なしでは濡れるだろう」「念のために持っていこう」という思考は、頭の中でシチュエーショ ンを仮につくり出し、そこから推論や意思決定を行っています。また私たちは、自身の経験だけを頼りに行動するわけで はありません。家族や友達、ご近所、社会での人間関係。様々な人の体験を見聞きすることは、ある種の代替体験 です。書物やインターネットを通じ、同時代や過去の人々の知恵を獲得することも、私たちの日常の一部です。 他者とのコミュニケーションは、私たちにシミュレーションを促し、体験を擬似的に拡張させてくれるのです。
『心の理論』
と、
感情の働き
もし友人との待ち合わせに大幅に遅れた場合「怒っているだろう、会いたくないな」などと考 えるでしょう。「相手の立場で考える」このような能力は『心の理論』と呼ばれており、人
間が行うシミュレーションの一環かもしれないと考えられていま す。『心の理論』は、共感や憐憫といった感情にも、相手の 弱みに付け込み、駆け引きし、騙すことなどにも関わっ ていると考えられます。近年の研究は、類人猿の
アフリカ系 アメリカ人公民 権運動の指導者、 マーチン・ルーサー・ キング・ジュニア
シミュレーションが
世界を動かす
日常生活の中には、広く深く、シミュレーションが浸透しています。 個人の行動から、組織や社会、国家の意思決定までが、招いた 結果の良し悪しを問わず、大なり小なりシミュレーションの結果として 生まれたものです。このように考えてくると、私たちが日々考え、選択し、 行動していくプロセスにおいて ̶つまりは人生において̶ シミュレーショ ンが介在しないものなど、存在しないのではないかとも思えてきます。人間社 会の中で、シミュレーションは一体、どのような役割を果たしているのでしょうか?
シミュレーションという生存戦略
周囲の状況を的確に把握し、脳内で再構成した上で、幾通りものパターンとして展開して みる。文明の遥か以前、私たちの祖先が獲得し進展させたこの能力は、過酷な環境下の厳 しい生存競争において、有利に働いたことは想像に難くありません。どこに待ち伏せ、追い込 めば獲物を捕らえられるか。いつ、どのように手を入れれば作物は育つか。どのように付き合え ば、集団は結束し維持されるのか。歴史上の様々な局面でこの能力は発揮され、ヒトが社会的存在 に ̶今日の私たちに̶ なっていくプロセスに貢献したことでしょう。
こ
の 鼻 に
押 し
ピ
ン を
ぐ
いっ
と押し込みましょう。 ここに描いたかたち
は
真円 のつ
もり です
。
この丸は、宇宙船の窓であ
り
ピ
ン
で 刺
す と 、こ
こ
か
ら
空
気
が
漏
れ
ま
す
。
ポ
ス
タ
ー
の
四
隅
を
押
し
ピ
ン
など で留
める と、
固定で
きると推測されます。
※
※ このような方程式によるモデルを「数理モデル」と呼びます。